ハゲ(薄毛)と日本文化

ハゲ(薄毛)と日本文化
 ハゲ (男性型脱毛)
ハゲ (男性型脱毛)

世界には、髪が豊かでふさふさな男性よりもハゲている男性のほうがモテるという文化があるそうです。これは、ハゲていることはテストステロン(男性ホルモン)が旺盛であることの証であり、社会での競争に打ち勝ち、成功を収めるための強さを表していると考えられているためです。

しかし、日本では男性のハゲは本人にとっても、周りの人にとっても非常に深刻な問題です。今回は、日本独特のハゲの文化について、私の意見を述べたいと思います。

なお、この記事で取り上げる「ハゲ」とは、主に加齢に伴って男性の頭髪に生じる男性型脱毛のことをいいます。病気による変化は対象としません。

はじめに

日本では、男性のハゲは非常に深刻な問題とされています。多くの男性がハゲることを恐れ、頭頂部が薄くなっていないか、生え際が後退していないかと、頻繁に鏡を見る人も少なくない。ハゲる恐怖を解消するために、育毛剤や育毛に効果のあるシャンプーを使う人も多いのです。

ハゲることを気にする傾向は、基本的に男性の年齢や、恋愛のパートナーないし妻の有無とは関係ありません。この苦悩は公的に高齢者とされる65歳くらいまで悩みは続きます。「その年齢ならもうハゲても仕方ないね」と自他ともに許される年齢ということです。もちろん人によってはその年齢を超えた後も悩みは続きます。

つまり日本の男性にとってハゲることに対する不安とは「女性にモテたいからハゲたくない」「ハゲたら結婚相手が見つからないかもしれない」という、異性とのかかわりのみを意識した気持によるものではないのです。

身体的な変化だけでなく、アイデンティティの危機です

日本の男性にとってハゲるということは、身体的な変化であると同時に、自己のアイデンティティ(identity)を変えざるを得ない大きな人生の一大事であり、非常に大きなストレスをともないます。それはつまり、ハゲることで、これまで「自分」だと思っていた自分ではなくなること、そしてこれからの人生をどういう自分として生きるかを決断しなければならないことを意味するのです。

ハゲとどのように対峙して付き合っていくかは、その人の性格によって異なります。ハゲと正面から向き合い、隠すことなく周囲にオープンにする人たちがいます。たとえハゲたことで周囲から笑われたりしても動じることなく胸を張って生きていこうとする人たちです。

そうした人の中には、周囲から尊敬を集め、組織の中で出世したり、あるいは経営者として成功したりする人たちも少なくないのです。日本人にとってハゲは深刻な悩みであることは周知の事実であり、だからこそ、その逆境に打ち勝って新たな自己を獲得した強さが周囲の尊敬を集めるのかもしれません。

しかし、ハゲに悩む男性すべてがこのような行動を取れるわけではありません。多くの人は、残っている髪をほとんど失うまで、わずかな髪にしがみつこうとする。多くの人は、残っている髪のほとんどを失うまで、鏡を見ながら残ったわずかな髪にしがみつこうとします。「俺はまだ大丈夫だ、俺はまだ大丈夫だ」と自分に言い聞かせているのです。

スキンヘッドや坊主頭は苦難の道です

スキンヘッドの男性
スキンヘッドの男性
仏教の僧侶
仏教の僧侶

読者の中には「ハゲてしまったなら、坊主頭かスキンヘッドにすればいいじゃない」と思う人もいるかもしれない。それは欧米などではふつうにみられる光景であり、自然な選択であることは私も知っています。しかし、日本ではそう簡単にはいかない文化的な背景があるのです。

まず、日本ではカミソリでつるつるに剃り上げたスキンヘッドは、ヤクザなど反社会的勢力のアイコン(icon)であり、これは世代にかかわらず見られる傾向です。そのためスキンヘッドを選ぶことは人生の様々な場面において誤解と困難を覚悟する必要があります。

次に、髪の毛の適度な長さを残した坊主頭についても、スキンヘッドほどではないにせよ困難があります。まず、日本では坊主頭は深刻な謝罪をする際の作法であり、さらに仏教の僧侶のアイコンでもあります。つまり、坊主頭にするということもまた、人生において多くの誤解を受けたり、ある種の「いじり」を受けることを覚悟しなければならないと言えるのです。

こうした文化的背景から、金融業界や営業職などにおいては、従業員にスキンヘッドや坊主頭での勤務を禁止しているところも少なくありません。したがって、そのような企業に勤めている人は、スキンヘッドや坊主頭を選択することはできないのです。

成熟した男性の理想像の不在

次に、日本の文化と社会における成熟した男性の理想像の不在という観点から、日本におけるハゲの現象について考察してみたいと思います。

日本のテレビドラマや映画、アニメで描かれる男性主人公の多くは、程度の差はあれど少年のイメージを保った姿をしていることが多い。筋肉質な身体は避けられる傾向にあり、顔は中性的で、ヒゲはなく、もちろん髪の毛は少年のようにふさふさしています。

こうした特徴は、日本の芸能界においても同様で、10代の少年で構成されるアイドルグループのような、思春期の少年たちのファッションのお手本となるような人たちだけでなく、成熟した大人のお手本となるカリスマ的理想像にも同様にみられるものなのです。

具体的に海外の有名人の例を挙げて説明すると、ショーン・コネリーニコラス・ケイジジェイソン・ステイサムのように、頭髪は薄いけれども、むしろ頭髪が薄い姿こそが彼らのあるべき姿なのだとも思わせる、野性的でセクシーな魅力を持った男性の理想像がそこにはある。しかしこのようなイメージに類似する理想像は日本にはほぼ存在しないといっても過言ではないのです。

ここで例としてあげた人たちは、成熟した男性性をもち、時には鍛えられた肉体、そして強い意志などを表現して、世の男性たちにとっての理想像を演じることが多いのですが、日本のエンターテインメントの世界ではこのような種類のカリスマが座る席は用意されておらず空席の状態が続いています。

政治家の世界も同様で、ロシアのウラジーミル・プーチンのような、ハゲて筋骨隆々という明確な強い男性のイメージを持った政治家は、日本の男性政治家には皆無といってもいいでしょう。

日本で国民的な高い人気を得ることに成功した政治家は、スリムな体型で髪がふさふさであることが多く、成熟した男性のイメージというよりも、いかにして少年のような若々しさを保つかに重きを置いてイメージ作りをしている人が多い。

日本の社会および文化に、成熟した男性の理想像が存在しない理由については、さまざまな意見があります。第二次世界大戦の敗戦が原因だという意見から、約1000年前の源氏物語の時代からそうであったというものなどです。しかし、こうした意見をすべてこの記事で網羅するには文字数が足りないため、また別の記事で論じたいと思います。

ここまでをまとめると、多くの日本人男性は、文化的背景によって社会から少年のままでいることを強いられている。そのため、ハゲてしまったからといって気軽に坊主頭にしたりスキンヘッドにしたりと、生き方を変えることは非常に難しい。

これは、頭髪が薄くなるという物理的な変化だけでなく、日本の社会が男性に求める、ずっと少年であり続けることをもはや続けられなくなるという、アイデンティティの危機でもあるのです。

ハゲの解決策

日本では、ハゲの苦しみを解消するために、主に以下のような解決策がとられています。

ストレスを軽減し、悪い生活習慣を止める

ハゲはストレスや睡眠不足、精神的ストレスが原因で起こるという説は、日本では根強いものがあります。しかし、これらの生活習慣によってもたらされるハゲの大半は、男性型脱毛症ではなく円形脱毛症であるという説もあります。

かつら

これは非常に明快な解決策です。男性用かつらの価格は事業者によって異なりますが、高いものでは100万円を超えるものもあります。かつらは定期的なメンテナンスが必要なので維持費もかかります。かつらの大きなデメリットとして、通気性が悪いため蒸れがひどく、ひどいかゆみや皮膚病を引き起こす可能性があげられます。

日本では、かつらはしばしば嘲笑の的となります。かつらには、現実逃避、不都合な事実を隠そうとする、男らしくない態度などの負のイメージを伴うものとして考えられているからです。したがって、男性がかつらをつけることを選択した場合、人によってはその事実を一生隠す覚悟が必要です。

かつら市場

かつらはハゲに悩む男性にとっていまだに有力な選択肢です。

日本における育毛産業の市場規模は、年間で約4,500億円と言われています。これには、育毛剤や育毛を目的としたシャンプーなどが含まれます。中でも男性用ウィッグを主力商品とする最大手のアートネイチャーは、2020年度の売上高が358億円となっています。

育毛剤

日本では育毛剤を多くの場所で購入することができ、手軽に試すことができるため、ハゲに悩む多くの男性に支持されています。一定の効果が期待できる場合もありますが、遺伝子の限界に打ち勝つことができず、期待したほどの効果が得られないケースも少なくありません。

AGA治療

AGA治療薬は日本では健康保険の適用外ですが、症状に適していると医師が判断した場合には処方されることがあります。

自毛植毛手術

男性型脱毛の多くは頭頂部に生じ、側頭部や後頭部の毛根は生涯にわたって残りやすいと言われています。これは、自分の頭皮の側面から毛根ごと小範囲の毛を切除し、その小範囲の毛根を自分のハゲた部分に移植する手術です。美容外科で医師によって行われます。

費用や所要時間はハゲの進行具合によって異なり、ハゲの面積が広いほど費用は高くなり、所要時間も長くなります。また、日本では健康保険が適用されません。

ハゲの歴史的背景

私の知る限り、いつから、そしてなぜ、日本文化においてハゲが忌み嫌われるようになったのか、その明確な答えはまだ出ていないようです。そこで、日本でよく言われているハゲにまつわる俗説をいくつか紹介したいと思います。

その昔、武士は礼儀として髷(まげ)を結うことが義務づけられていた。同時に、髷は一人前の男の象徴でもあった。

そのため、ハゲてしまって髷を結えなくなった武士は、目上の人にも礼を欠き、一人前の男であるという自己同一性を失い、同僚からも哀れみと軽蔑の目で見られたのだ。

そのため、ハゲが進行して髷を結えなくなると、武士は引退を余儀なくされたのであった。

つまり、武士は身体が健康で働く意欲があるにもかかわらず、ハゲのために社会的地位や収入を奪われることになったのである。

この俗説は、日本人で生まれ育った私の感覚からしても、ある種の説得力があると認めざるをえません。

次に、日本の国技である相撲においてもハゲにまつわる俗説がありますので紹介します。

A sumo wrestler
相撲の力士

日本では、力士は禿げて髷を結えなくなったら引退しなければならないという、もっともらしい俗説がある。

しかし、基本的にこれは間違いである。実際に、ハゲてしまった後も現役を続けて土俵に上り戦い続けた力士はたくさんいるからだ。

しかし、大相撲の最高位である横綱に関しては少々、話が異なると指摘する声もある。なぜなら、横綱の髷は相撲の様式美の一部として重要視されており、さらに横綱ともなれば神道の宗教的儀式である神事にも重要な役割を背負って参加することになるし、さらに横綱になれば天皇に拝謁する機会すらある。

そうなると、もし横綱がハゲて髷を結えなくなったらいったいどうするのかという議論は現実味を帯びてくるともいえる。しかしこれまでそのような問題は起こっていない。これには、相撲は大怪我をしやすい激しい格闘技の側面を持つことなど、力士の身体への負担が極めて大きいことから、本格的にハゲが進行する年齢まで現役を続けられるほど力士の選手生命は長くはないことが要因といえるかもしれない。

相撲の話はこれくらいにしておきましょう。先に述べたように、これらの俗説は、なぜ現代の日本人男性のハゲが彼らに恐怖や不安、アイデンティティの危機をもたらすのかという問いに対して、一定の説得力をもっていると私は思うのです。

ここで「一定の」と但し書きを加えたのは、以下の理由によります。

武士の最後の時代といえば江戸時代(1603〜1868年)ですが、実際には武士の人口は全体のわずか7%でした。江戸時代の末期から明治時代にかけて、日本では急速に近代化と西洋化が進み、武士の文化の多くは政府によって前時代的で野蛮なものと見なされました。武士の文化は新しい社会から徹底的に排除されたのです。新政府は個人が髷を結うことを禁じる法律まで制定したのです。

ですので、現代の日本人のハゲを忌避する文化と侍の文化と関連があるとすれば、日本の人口の7%しかいなかった侍の文化が、ハゲへの忌避感という形で現在の日本人に受け継がれていることになるわけです。

だから、この2つの要素が関係していると考えるのはいささか無理があるように思えます。ですが、繰り返しになりますが、私を含む多くの日本人にとって、上記の俗説が妙に説得力があるのもまた事実です。

ハゲのもう一つの側面

日本のお笑いコンビのイメージ
日本のお笑いコンビのイメージ

このコーナーでは、読者の皆さんが戸惑うかもしれない日本のハゲをめぐる文化を紹介したいと思います。

ここまで読んでいただいた方は、日本ではハゲはとても深刻な問題で、友人や家族に気軽に話せるようなものではないという印象を持たれたのではないでしょうか。

それは正しい。しかし、ここで日本におけるハゲの文化のもう一つの側面を説明します。

日本のテレビ番組、マンガ、アニメ、小説など、あらゆるジャンルで、ハゲはかなり面白おかしく描かれることがあります。お笑い芸人のステージも同様で、中にはハゲてしまった芸人が、自分のハゲを笑いのネタにして人気者になることも珍しくはありません。

ハゲがこれだけ生きづらい日本の社会で、メディアがこのようにハゲを揶揄して笑いのネタにすることは許されないことであり、ハゲに悩む人がテレビ局や芸人の事務所にクレームをつけるのではないかと考えた人もおられるかもしれません。

しかし、少なくとも私が知る限り、そのような運動が大規模に行われたことはこれまでありません。日本にはハゲを笑いの対象にする風習を正そうとする思想団体や人権団体もない。今のところ、日本におけるハゲはポリティカル・コレクトネスからは自由であるといってもいいでしょう。

メディアを通してそれらを目にしたハゲに悩む視聴者は、もちろん個人差はあるものの、おおむね憤慨することはないのです。むしろ、ハゲを笑いのネタしてしまう世界観に共感し、自らも笑ってしまうのです。

その理由は、日本でハゲに悩む人たちや、その人たちの周りにいる人たちは、日本の文化がハゲを気にしなくてすむ文化に変わることを望んでいるのではないかと、私は思います。つまり、ハゲていることが深刻な問題ではなく、明るく笑える世界、または誰も気にしない世界に憧れるような気持ちを持っているのではないでしょうか。

しかし古今東西を問わず文化を変えることは容易ではありません。メディアを通してひとときの開放感を味わったハゲに悩む人々には、明日からまた厳しい現実と向き合う毎日が待っています。

終わりに

日本の文化が、ハゲが気にならない社会、もっと言えばハゲがカッコいい社会に変わっていけばいいのかもしれません。でも、それは前述したように簡単なことではありません。

育毛業界はハゲに悩む人々や社会全体にネガティブなメッセージを伝え、購入を促しています。

「もうハゲで悩まないで! 私たちに相談してください!」

日本には「コンプレックス産業」という言葉があります。これは英語をもとにしていますが、アメリカやイギリス、オーストラリアにはおそらく存在しない造語です。これは「個人の劣等感を利用した産業」と説明されます。これらの産業は個人の劣等感を刺激することで利益を得ている、と批判する意見もあります。

私もこの意見にはおおむね賛成です。しかし、繰り返しになりますが文化は簡単には変えることはできない。だから、そうした産業で救われる人がいるのなら、今しばらくはそういう産業が必要なのでしょう。

最後までお読みいただきありがとうございました。

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