なぜ多くの日本人がTwitterを使うのか? (5900万人)【匿名性と日本社会】

なぜ多くの日本人がTwitterを使うのか? (5900万人)

米国のメディアが、Twitter社のイーロン・マスクCEOが「Twitterは米国が中心であるかのように見えるかもしれないが、どちらかといえば日本が中心である 」と述べたと報じました。

日本の人口は米国の3分の1程度ですが、Twitterのアクティブユーザー数は米国と同程度と言われています。

今回の記事では、なぜ多くの日本人がTwitterを利用するのかについて、私の意見を述べたいと思います。

日本のユーチューバーについては以下の記事に書いています。よろしければこちらもご参照ください。

魅力的な「匿名性」

Twitterがこれほどまでに日本人に支持されている大きな理由のひとつとして、いまのところTwitterが実現している高い匿名性があります。

実は、日本人同士では議論をすることはできません。「何をバカなことを」と思われるかもしれませんが、事実そうなのです。

私が理解できる言語は、日本語と英語だけです。たとえば英語ではもちろん

「あなたの意見には反対です」と「あなたを人間として認めません」とイコールではありません。これは英語だけでなく、多くの言語でも同じでしょう。

しかし日本語で日本人同士がコミュニケーションする場合、この2つは同じ意味となる場合が多いのです。

「あなたの意見に賛成できない」と「あなたは悪い人間だ」は同じです

日本の社会では、集団の中で「あなたの意見に反対です」が受け入れられるかどうかは、当事者の関係性でまず判断されます。双方の主張と自分の反論の論理構造を精査されるのはその後です。

というよりも、前段階でほぼ勝敗や犠牲者は決まることがほとんどです。

つまり、どちらがの意見が正しいか、どちらが社会や会社、近隣のコミュニティのためになるかといった論理的な判断基準はそこには通用せず、基本的に判断材料となるのは二人の関係性のみであるということです。

具体的には、両者の年齢、性別、社会的地位、家系、特定の活動における活動年数などの変数によって、おおよその勝敗が決まります。残念ながら、議論の論理はそれほど重要ではありません。

ですので、言うまでもなく、日本社会における上昇志向とは、論理を超越した誰からも批判されないポジションに身を置くことを志向するものです。

このシステムは、日本における政府、企業、地域社会の活動など、ほとんどすべての組織単位で機能しています。もちろんこれは特に外国との競争において、必ずしも有利に働くとは限らないので日本が没落した原因と指摘する意見もあります。

例えば、あなたがSNSで、あなたが勤めている会社の問題点を批判したとします。そしてそれを上司が知ったとする。

次に何が起こるか、それは国や文化によって異なるでしょう。アメリカなら、上司に呼び出されて事情聴取され、激論に発展するかもしれません。いずれにせよ、日本で生まれ育った私は、このケースは説明するチャンスであり、戦うチャンスでもあると思います。

では日本ではどうなるかというと、基本的にすべて水面下で処理されます。あなたはある日突然、窓もない部屋で、机の上に電話機が1台あるだけの特別なポジションに降格させられるかもしれない。そして、それはあなたが心を折って辞表を書くまで続く。もちろん、電話は就職活動のために置かれています。

または、あなたの名前は次のリストラ候補のリストに追加されるかもしれない。

基本的にあなたに説明のチャンスは与えられず、システムによって処理される。

あらゆる場所で

こうしたことは企業だけではありません。近隣や地域といった人間関係でも起こりうることです。

例えば、犬をしつけるべきか、自由奔放に育てるべきか、といった意見を不用意に口にするのは危険です。あなたの意見に反対する人が、あなたよりもグループ内で影響力があるとみなされると、あなたの立場は非常に悪くなり、最悪の場合、街を出なければならなくなる可能性もあるのです。

日本では古来から、これを「村八分」と呼んできました。これは現在もさまざまな形で実践されています。

言論の自由、表現の自由は、日本人だけで構成される集団の中では通用しないのです。

中世からそれほど変わっていない

繰り返しますが、日本の民主主義や言論の自由がこれほど惨めな状態にあるのは、単に政府が悪であるとか無能であるとかいう理由ではありません。

日本人の心を支配する行動原理は基本的に中世から変わっておらず、これをアップデートする必要があるという非常に難しい問題なのです。

匿名性は制限はあるが自由をもたらす

このような息苦しい社会ではもちろん「特に意味はないが、もっともらしく聞こえること」を言うのが正しい姿勢となります。

このような息苦しい社会に生きる日本人にとって、本音をぶつけられるのは「匿名」のネット空間しかないのです。そこでは日本人はじめて自分を表現し、完全な自己開示の状態でコミュニケーションを楽しむことができるのです。

SNSで日本のアカウントを見てみてください。日本語が分からない方は、画像だけでも見てください。非常に繊細に巧みに、個人を特定できるような情報が隠されていることに気づくはずです。

この記事をご覧になっている方の中には、Twitterで日本人と交流されている方もおられるかもしれません。「なぜ日本人は顔写真ではなく、アバターイラストやアニメキャラを使うのだろう」と思ったことがある人も少なくないのではないでしょうか。

これは、日本では素顔を明かして自由に話すことが大きなリスクを伴うという社会的背景によるものです。

外国語でのコミュニケーションは日本語でのそれに比べ危険度をいくぶん下げてはくれますが「いつでも見られている」という状況は変わりません。

これをコンピュータのネットワークに例えると、日本社会はクライアント・サーバー型ではなく、個人が相互に監視し合って形成するP2P型のネットワークに近いと言えるでしょう。

P2P型ネットワークでは、個々のコンピュータがダウンしても、ネットワーク全体としては稼働し続けることができます。最大の特徴は、「責任者がいない」ということです。

さておき、日本では「村」の慣習に背いた場合の制裁は当事者に気づかれないように行われるため、常に細心の注意をはらって生活する必要があるのです。

日本人を代表してお願いします

日本にはこのような社会的背景があるので、もしあなたがSNSで日本人と友達になり、その人の顔を見たいと思ったら、たとえばTwitterの「ダイレクトメッセージ」のように、他のユーザーには非公開の形で顔写真の交換を申し出ることをお勧めします。

何度もしつこく言いますが、多くの日本人は自分の顔写真がインターネット上に公開されることを恐れているのです。

匿名の害

もちろん、匿名であるがゆえの問題も発生します。典型的な例は、匿名性を利用して他のユーザーを繰り返し誹謗中傷する悪質なユーザーです。

たとえ悪質な行為のペナルティとしてアカウントが削除されても、すぐに新しいアカウントを作り、悪質な行為を続けるのです。

当局はこの事態を重く受け止め、法改正による対応策を講じています。

具体的には、被害者が裁判所に訴状を提出し、加害者が利用しているインターネットサービスプロバイダに加害者の個人情報の開示を請求する手続きが簡易化されたのです。

意見を持つ大人がいない社会

彼らや彼女らは、決まってこのような子供じみたことを言います。
「そんなに深刻なことをしたつもりはなかった」

想像を絶する息苦しさのある日本社会の中で、こうした人たちは不完全ながらも自由に自分の意志を表現できる場所を見つけたのだと思うのです。

そこで初めて「思ったことを何でも言っていい」と言われ、そして同時に「あなたは誰ですか」「あなたの意見は何ですか」と、ここで突きつけられたのではないか。

そして、その答えを探すうちに、自分たちには答えになるようなものが何もないことに気がついたのでしょう。なぜなら彼らが、いや私たち全員が、生まれてからずっと続けてきたことは、「システムの要求に応える」という、たった一つのシンプルなことだけだったからです。

自分たちには何の意見もなく、自分たちは何者なのかわからない。つまり幼児であることを自覚したのでしょう。そして、彼らは幼児と同じように他人を攻撃し、他人の権利を侵害したのです。

こうした問題は、中世から変わらない日本社会が「集団の決めたルールに適切に対応できる人」をエリートとして扱ってきたことに起因していると思います。

彼らは、自分が属する集団に対して疑問を持つことも、自分の意見を持つことも要求されない。

集団の要求に適切に反応して応えればいい。そうすれば、平穏な人生を送ることができる。

それが人間らしいかどうかは別として。

Twitterだけではない

こうした問題はTwitterに限ったことではなく、2000年代初頭から多くのWebサービスで見られるようになったものです。問題を起こす人たちは、別に、140字だけでは意思表示に足りないと怒っているわけではありません。

おわりに

Twitterが匿名性を提供する限り、日本でのアクティブユーザー数は高く維持されるでしょう。

さらに、Twitterに挑戦しようとする後続のSNSが日本でユーザー数を伸ばすためには、匿名性の高さは見過ごせない要素であることは言うまでもありません。

最後までお読みいただきありがとうございました。

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